166-参-国際問題に関する調査会-1号 平成19年02月07日 平成十九年二月七日(水曜日)    午後一時開会     ─────────────    委員氏名     会 長         田中 直紀君     理 事         加納 時男君     理 事         岸  信夫君     理 事         三浦 一水君     理 事         木俣 佳丈君     理 事         喜納 昌吉君     理 事         谷合 正明君                 愛知 治郎君                 小林  温君                 山東 昭子君                 末松 信介君                 田村耕太郎君                 二之湯 智君                 野上浩太郎君                 水落 敏栄君                 犬塚 直史君                 大石 正光君                 工藤堅太郎君                 富岡由紀夫君                 直嶋 正行君                 峰崎 直樹君                 若林 秀樹君                 加藤 修一君                 浜田 昌良君                 大門実紀史君     ─────────────    委員の異動  二月七日     辞任         補欠選任      犬塚 直史君     尾立 源幸君      若林 秀樹君     加藤 敏幸君     ─────────────   出席者は左のとおり。     会 長         田中 直紀君     理 事                 加納 時男君                 岸  信夫君                 三浦 一水君                 木俣 佳丈君                 喜納 昌吉君                 谷合 正明君     委 員                 愛知 治郎君                 小林  温君                 山東 昭子君                 末松 信介君                 田村耕太郎君                 二之湯 智君                 野上浩太郎君                 水落 敏栄君                 尾立 源幸君                 大石 正光君                 加藤 敏幸君                 工藤堅太郎君                 富岡由紀夫君                 峰崎 直樹君                 加藤 修一君                 大門実紀史君    事務局側        第一特別調査室        長        三田 廣行君    参考人        作家       半藤 一利君        東京工業大学大        学院社会理工学        研究科教授    橋爪大三郎君        敬愛大学国際学        部助教授     水口  章君     ─────────────   本日の会議に付した案件 ○参考人の出席要求に関する件 ○委員派遣承認要求に関する件 ○国際問題に関する調査  (多極化時代における新たな日本外交について  )     ───────────── ○富岡由紀夫君 民主党の富岡由紀夫と申します。  まず、橋爪先生にちょっとお伺いしたいんですが、先ほどのお話の中で、日本の外交にリアリズムが足りないというお話で、本当にそうだと思っております。日本の国益だけじゃ駄目だと、相手国の国益も多角的に見なくちゃ駄目だというのは、まさしくそのとおりだと思っております。  それとともに、やはり理想も持たなくちゃいけない、哲学を持たなくちゃいけないというお話で、国益と理想が結び付いたらこれは最高の外交になるというお話なんですけれども、そのとおりだと思うんですけれども、この理想の中に私は、先生のお話だと環境問題とかエネルギーの、省エネの問題を御提起されていらっしゃるんですけれども、やはり私は、日本の置かれた立場として、平和の理想を求めるというのも考えてはどうかなと思っているんですけれども、要は、日本は世界で唯一の被爆国でありまして、平和憲法という、九条という、そういうのも持っておりますし、これを生かさない手はないと私は思っておるんですけれども、その理想について、そういった平和主義をもっと主張していけばいいというふうに私は思っておるんです。それを追求したときに、多分ほかの国も、日本に賛同してくれる国がどんどん出てきて、そういった輪も少しずつでも広げることができるんじゃないかなというふうに私は思っております。  そういったときに、やったときに、その理想を、平和主義を理想にしたときに、国益との間に本当にうまく調和ができるかどうかというところが私は問題なのかなというふうに思っております。要するに、日本は平和を求めて、それが世界を平和にすると、それが国際貢献だというふうに私は大きく考えているんですけれども、その国際貢献と国益のバランス、これはどういうふうに見たらいいのかなと思っております。  この二枚目に脱ODAというお話ありますけれども、ODAの目的の一つとして、いろんな国益のところも今議論されておりますけれども、そういった国際貢献の部分もやっぱりODAの中では私は重要な意味を持っているというふうに思っておりますけれども、その日本が理想とする目的の中に国際平和というか、そういうのを追い求めていると、その中で日本は国際貢献というものも、日本の国際貢献の中にそういった平和主義を私は入れるべきだというふうに思っているんですけれども、その辺と国益との調和はどういうふうに考えたらいいのかというのをちょっと整理して教えていただければというふうに思っております。  あともう一つ、国連について、これは常任理事国入ってもしようがないと、もうそもそも国連に入っていること自体が九条に違反しているんだというお話ありますけれども、要は国連から脱退した方がいいのかというふうにお考えなのかどうか、その辺のところも併せてお伺いしたいなというふうに思っております。  あと、それともう一点、半藤先生にちょっとお伺いしたいんですけれども、先ほどのお話の中で、あといろんな質問の中で、日本の戦前のマスコミの影響が非常に大きかったというお話がありました。まあ、ある一人の影響も大きいし、そういったものもありますと。そのときに、国民というのは、やっぱり日本国民も非常に民族意識というのが私は強い国民だと思っておりまして、何か一つ大きな出来事があれば、まあ大きくなくてもちっちゃなきっかけでもあれば、感情的になって、非常に何というんですか世論が危うい方向に行かないとも限らないというふうに思っております。  その中で、マスコミがさっき言ったような形であおり立てて誘導したり扇動したりいろんなことをする可能性が、まあ今までもあったし、これからもあろうかと思うんですけれども、その辺のところは今の日本のマスコミがそういう危険性はないのか、私は非常に疑問を持っているんですけれども、そういったところで半藤先生は今の日本のマスコミの在り方についてどういうふうに見ていらっしゃるのか。あれを大丈夫だというふうに見ているのか、それともやはりそういう危険性をはらんでいるというふうに見ていらっしゃるのか、ちょっとその辺のところをお話しいただきたいなと思っております。  あと、是非私は、そういう戦前の同じ歴史的な過ちを繰り返さないように、何重にもその防波堤というか歯止めは設けておくべきだというふうに思っておりますけれども、いろいろと最近は、その防波堤となっていたのかどうか分かりませんけれども、それがどんどんいろんな法案が改正されたりして少しずつ崩れているんじゃないかと、外堀がどんどんどんどん埋められているんじゃないかといった議論もありますけれども、今の国のいろんなそういった状況も踏まえて、二度と戦争を起こさないようにするにはどうしたらいいかといった意味で危機感をどういうふうにお持ちなのか、ちょっとお話をいただければというふうに思っております。  以上です。 ○会長(田中直紀君) では最初に橋爪参考人、よろしくお願いします。 ○参考人(橋爪大三郎君) 富岡議員から御質問をいただきました。  平和が我が国の外交理念になるのではないかと、簡単に言うと第一の質問はこういうことだったかと思います。平和というのは大変大事なことですし、世界で唯一の被爆国であるということも我が国固有の体験なんです。でも、そのことから直ちに平和が我が国の外交理念になるかというと、少しちゅうちょするところがあります。  まず、被爆国としての体験ですけれども、このことは実は世界に熟知されて、そのためにもう核兵器を使うのはほぼ不可能であると、核保有国の多くがそう思って、実際に核兵器を使わないという、そういう形で広島、長崎の大きな犠牲が世界平和のために生きているというふうに思います。  ただ、じゃ我が国がその平和憲法を持ち、軍隊を持たないという選択をしたことがそのとおりに文字どおりに外国に理解されているかというと、では日米安保条約は何だと、アメリカは核武装をしているではないかと。アメリカは核の傘を日本に提供しているから日本は軍隊も持たない、また核兵器も持たないで済んでいるんじゃないかと、こういうふうに見られてしまうわけです。現在の国際政治というのは、基本的にリアルポリティクス、リアリズム、つまり軍事バランスが平和を保つんだという考え方に主に立脚しておりまして、外交官もまた学者もこういう考え方で考えていくのが普通です。その常識とちょっと合わないところがあるんですね。  そこで、私が申し上げたかったのは、じゃ戦争をどうやって防いでいくのかと、軍事バランスの考え方だけでいいのかと。軍事バランスが崩れて戦争が起こるときには必ず紛争、対立があると、その紛争、対立は経済とか資源をめぐる解決不可能な矛盾だと。これを解消していくために最大限の努力をするという方が具体的であって、日本のように平和にやりましょうといってもまねできない外国が一杯あると。こういうふうな考え方から、平和というのを表に出さず、その代わりに人類が共存できる二十一世紀という方が分かりやすいというふうに考えた次第です。  ODAに関して言いますと、これは社会インフラを公共投資のような形で国際移転して、現地で私企業が育ってください、産業革命をしてくださいという、こういう考え方なんですけれども、全然そうなっていなくて、無駄遣いだと思います。現地で必要なのはそういうことじゃなくて、そもそも教育ができていないとか農業の基盤もないとか、いろいろそういう問題なんですね。ですから、ODAのような枠組みはいったんやめて、むしろ戦略的に地球環境問題と人口問題とか、そういうことに焦点を絞ったシステムに組み直すと。  また、ODAは、日本は守備範囲があって、アフリカや南米というのは守備範囲外なんですけど、教育であればどこへ出ていっても大丈夫だと。こういう意味での組替えが必要だというふうなことです。  国連に関しては、出発点は申し上げたようなことだったんですけれども、その後性質がだんだん変わってまいりまして、国際的なコミュニティーに変わると。特に国連総会やその下のいろんな組織はそういう考え方でできております。  ですから、私の提案は、国連の本質は変わっていないとすれば、むしろ憲法の方を変えて、国連と調和する形にしておいた方が日本の国家としての行動はやりやすいのではないかという、そういう御提案です。 ○参考人(半藤一利君) 新聞、マスコミの問題です。本にも書いたんですけれども、ちょっと申し上げますと、マスコミ、日本の新聞、まあ言論は軍部の台頭に対してかなり厳しく立ち向かっていたんです、これは昭和の初めぐらいは。それが、昭和の六年の満州事変のときに言論がひっくり返っちゃったということになるんですが、これはもう本当にそのとおりにひっくり返っちゃったんですね。それで、むしろ陸軍の言うとおりのスローガンのとおりに報道を始めて、そして勝った勝ったで国民をあおったと。  なぜそういうふうになったのかという非常に大問題があるんですが、例えば朝日新聞というのを一つ挙げますと、東京の朝日新聞は、昭和六年の九月十八日の満州事変の第一報があったときから、くるっと返って、もう軍部と結託したんですね。これはいろんな話があるんですけれども、軍部の方が上手で、張作霖爆殺事件が昭和三年にあった、そのときにマスコミがもう総スカンで軍部に刃向かったというので、あれじゃ駄目だと。今度はマスコミの対策をうんと上手にしようというので、軍部の中に情報局、情報部をつくったりしまして、マスコミの偉い人たちをみんな呼んでのべつ飲ましていたんですね、機密費で。ですから、東京の方のマスコミの人たちは幹部クラスがみんなもう、軍部と結託と言っちゃおかしいんですけれども、軍部と仲良くなっていたという状態だったんです。ですから、東京の朝日新聞も、当時は東京日日新聞ですが、くるっと返ったというのは、これはまあ分かるんですが。  大阪の朝日が、これかなり厳しく頑張ったんですね。これは私たち新聞の縮刷版なんかを読むと東京ばかり出てくるんですが、大阪の方はないんですが、ちゃんときちっと大阪で見ると、かなり軍部に対してこれは大変な謀略じゃないかということで対抗したんです。  ところが、在郷軍人会が反旗を翻し、反旗というか、反対派が声明を発しまして不買運動を始めたんです。この不買運動は当時特に奈良県がすごかったんだそうですが、不買運動でもう大阪の朝日新聞は本当に参っちゃったんですね。それで、二十四日だと思いますが、十八、十九、二十、二十一、二十二、二十三、大体一週間頑張ったんですが、軍門に屈してやはり軍部の言うとおりな報道を始めたといういきさつがあるんですね。以来、マスコミは不思議なぐらいに、軍部に刃向かうんですけれども、軍部から何かちょっと変な不買運動のにおいをかがせられるとたちまちひっくり返ります。  それに対して日本人が、踊らされてといいますか、踊らされてという言い方は悪いんですが、まあ一種の踊らされて、ぱあっと流れるという傾向を示す。私はこれを熱狂してはいけないよというふうに教訓として言ったんですが、必ずしも昭和の十年代の太平洋戦争が始まるときに、日本人がみんなして熱狂したかと、熱狂はしてなかったんです。熱狂はしてなかったんですが、集団催眠にかかっていたと、そういうふうに言い直した方が私最近は正しいんじゃないかと思いました。日本人はみんなそういうふうに思い出したんですね。  ですから、要するに中国戦線が収まらないのは英米が後ろにいるから、日本の理想を実現できないのは英米がいるからだということで新聞が書き立てるものですから、もちろん雑誌も書き立てたんですが、それで集団催眠にかかっていたというふうに理解した方がいいんじゃないかと思います。  では、なぜこういう集団催眠に掛かるのかというと、これちょっと長くなりますけれども、簡単に申し上げますと、私たち、近代日本というのはスタートのときに尊王攘夷なんですよね、攘夷運動なんです。攘夷だったんです。ところが、攘夷のつもりでやったんですけれども、薩英戦争をやって薩摩が負け、下関戦争をやって長州が負けというような形で、攘夷はできないと、開国だと。開国というのは、仕方ない、やむなく開国だと、いずれ攘夷するために開国だというのが西郷隆盛の言葉ですけれども、そんなつもりで開国したんですね。  したがって、攘夷の精神というのはじゃ日本人の中から消えたのかというと、僕は消えないんだと思います。近代日本のスタートの中には、日本人の精神の腹の底の中には攘夷というのがあり続けたんじゃないかと私は思うんです。ですから、太平洋戦争が始まったときに、日本のインテリの人たち、もう大抵のインテリ、名前をうんと挙げても構いませんが、その攘夷の精神の発露だといってみんな書いています。亀井勝一郎さんなんという方は、正に幕末のペリーが来たときのあの敵討ちだというふうに書いているんですね。そのぐらいに当時の日本人はみんな攘夷の精神だったんです。攘夷の精神を発露したんですね。だから、それを持っていますから、何か外圧が来ると日本人は比較的早く集団催眠に掛かるといいますか、その攘夷の精神が動くんでしょうね、早く動き出すんです。で、太平洋戦争という変な戦争に、変なじゃない、ばかな戦争をやったわけですが。  戦後は、私、全然、少しは学んだんで、それがなくなって日本人は集団催眠に掛からないんじゃないかなと、これからは冷静になってくるんじゃないかなと思いましたが、そうじゃなかったですね。松本サリン事件、あのときに、私、日本のマスコミも国民もみんな河野さんを犯人としてわあっと流れました。あれを見て、ああ、日本人はやっぱり集団催眠に掛かりやすいんだと、これ、マスコミの一方的な報道によってたちまち催眠に掛かっちゃうんだということが、まだ残っているんだということがあれで思いました。最近でいえば、もう先生方御存じの郵政改革のあの選挙ですが、あれで、ああ、本当にやっぱりもう一遍やっているわというふうに思いました。したがいまして、いつでも日本の国民の中には、外圧が来ると集団催眠に掛かるということは常にあるんじゃないかというふうに思っていた方がいいんじゃないかと思います。  そこで、最後のお答えになるんですが、じゃ、これからの日本はそういうような傾向がどんどん出てくるんじゃないかというお話ですが、私は出てきていると思います、もう既に。私なんかのような何でもないような男のところにおっかない人からどんどん抗議が、抗議というか、手紙が来たりして脅しを掛かっていますから、おまえは何でそんな余計なこと言うのかとか、そういう。私は今日の橋爪先生と違って、私は平和論者の、平和論者って、憲法九条を守る論者なものですから、私のうちへやたらに変なのが来ます。ですから、そういう形ではどんどんどんどん掛かって、一種のきな臭いような形になっていると思いますが、でも、日本人相当学んでいますから、それほどもう一気に昔のように流れていくとは思いません。まだ信じています。  以上でございます。